越前若狭歴史回廊

 朝倉氏 一乗谷遺跡


一乗谷の立地

 朝倉氏の本拠一乗谷は、福井市街地の東南約10kmの所にあり、一乗山に源を発する一乗谷川に沿って、阿波賀地区の足羽川合流点までの間の東西約500m、南北約3kmの谷底平野となっている。
 この谷は、北部のみが開けた閉鎖的な地形で、北部の足羽川に沿う美濃街道によって大野盆地に通じ、南の峠越えによって越前国府(現武生)にも通じる要衝の地でもある。本城である一乗谷城は、西方に福井市全域を一望できる山城であるが、周辺の山にも築城することによって、守りを固めている。
 一乗谷はまた、北陸道より少し東に寄った位置にあるので、一乗谷築城後には北陸道と平行する新しい街道、朝倉街道が作られた。これを鯖波で北陸道を東に逸れ、牧谷峠越えで味真野に出、北進して、榎坂越えで、一乗谷や北進して豊原に至る街道である。
 

朝倉氏遺跡の発掘経過  危機一髪だった「日本のポンペイ」

 遺跡の発掘は昭和42年のことであるが、その発端は昭和41年度の文化庁の史跡保存整備事業「風土記の丘」構想であった。
 「風土記の丘」に決定する前に、事前調査、整備が必要ということで、最初南陽寺跡、湯殿跡、諏訪館跡の三庭園が発掘整備されることになった。 これらの庭園は地上部に庭石が一部顔を出しており、専門の研究者には古くから知られていたが、文化庁の指導のもとに、地底部が発掘され、また庭石組周辺の余分な土や 雑木が除かれると、今日みられるように見事な庭園が姿をあらわしたのである。
 43年には、館跡の整備のために、事前の発掘調査が行われたが、これが一乗谷における本格的発掘調査のはじまりであった。
 調査は主として、奈良国立文化財研究所の指導のもとに行われた。発掘前の館跡には、中央部に松雲院が、西北部に足羽町一乗谷支所があった。まず松雲院を本寺の心月寺へ 移転統合し、中央に十文字に発掘のためのトレンチを設定した。

 はじめの頃は、めぼしい遺構は発見されず、あせったらしいが、思いきって1mほど掘り下げたところ、堆積土の下から立派を礎石が顔をだした。 この遺構面を確認してからは、発掘調査は一気に進行したと言われている。

 一連の礎石が次々と検出され、礎石や庭石の一部には、朝倉館焼亡の際、強い火力を受けたと思われる痕跡が生々しく 残っていた。これほどよく建物の基礎部が遺存していようとは、誰も予想していなかったのである。
 このため、館跡を全面発掘して遺構の全貌を明らかにしようということになり、調査は次年度以降も継続して行われることにをった。

  このころ一乗谷の上城戸の外では、農業構造改善事業による水田の区画整理、造成工事がはじまり、 ブルドーザーが音をたてて工事を行っていた。その周辺では、おびただしい量の青磁や染付、越前焼の破片が出土していた。この事業が城戸ノ内の水田にまでおよべば、遺跡中心部の潰滅的損壊は 免れないという、 危機的状況にあった。

 これを見た郷土史家や(故)井上鋭夫教授、(故)青園謙三郎氏等が県当局に強く陳情、さらに交渉を重ね、現地視察の結果、事業をストップさせ遺跡の保存策を検討することになったのである。
 この要請がなければ、今頃、遺跡はどうなっていたかわからない間一髪のところであった。

 この結果、地元足羽町(昭和46年9月福井市に合併)、県教育委員会、文化庁の関係者による、再三にわたる話合いが行われ、遺跡の平地部21haの一括買収公有地化と地元住民の生業対策を十分に考えるということで合意し、昭和46年7月29日に山城跡を含む広大を278haが特別史跡に昇格指定されることに なったのである。


 県当局も昭和47年4月1日には、朝倉氏遺跡調査研究所を設立、本格的に発掘調査と環境整備事業を実施することにな り、これが現在へと繋がっているのである。

 


遺跡の概要

 400年以上もそっくり埋もれて残ってきた日本のポンペイ、それが戦国大名朝倉氏の城下町遺跡です、
 前述のとおり、昭和46年278haが国の特別史跡に指定され、史跡公園として発掘調査と整備が、現在も進められています。また、平成3年には諏訪館跡庭園をはじめ4庭園が特別名勝に指定されました。
 遺跡は、一乗谷の狭い谷間に広がっており、朝倉氏の館群をはじめ、家臣の武家屋敷、寺院、職人や商人の町屋が、計画的に作られた道路の両側に所狭しと並んでいたことが発掘調査で明らかとなっています。
 また、東の山上には、福井市全域を一望できる山城が築かれおり、城下を守っています。
 平成7年には、発掘調査に基づき約200mにわたって、当時の町並が立体的に復元されました。武家屋敷の塀と町屋に囲まれた通りを歩くと、まさに戦国時代にタイムスリップでき、戦国時代をまるごと体験できます。

 


観光・見学時間は
 

資料館・西山光照寺・下城戸・朝倉館・庭園跡・町並立体復原地区・上城戸で約2時間半

   一乗城山で約3時間

全部をじっくり見る場合はお昼休憩も含め約7時間
 

 

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